三毛別羆事件の跡地へ続く道中にある看板、怖すぎて効果ありすぎとネット上で話題に

image:秒刊SUNDAY

野生動物は恐ろしいものとして広く認識されていますが、中でも恐怖の対象となりやすい動物がクマでしょう。山や自然の多い場所に足を運ぶとき、クマとの遭遇はもっとも避けなければならないアクシデントのひとつです。そんなクマの恐ろしさが広まるきっかけともなった三毛別羆事件ですが、その跡地へ続く道中に怖すぎる看板があると話題になっています。

三毛別羆事件、跡地に続く道にある看板が怖いと話題

三毛別羆事件があった場所、今は復元地になっているのだけれども、いつも通る度に怖くて中々行けず、今日やっと歴史を知るためにも行っておかねば!と行ってみたら見事に通行止めでした。ですよね雪ありますもんね。 途中の道の看板が怖かった。

「はいって死んでもしらない」のフレーズが恐ろしいですね。

更にこれらの看板が「沢山あった」とのことらしいので、思わずビクッとなってしまいそうですよね。

近くに「監視部屋」と赤いペンキでデカデカと書かれた小屋もあった

とのことですから、知らずに近くを通った人は相当に驚いてしまいそうです。

確かに北海道の山では野生動物への注意喚起の看板は珍しくありませんが、上記の投稿のような光景はなかなか目にしません。

三毛別羆事件の恐ろしさを回顧する人続出

上記の投稿を見て三毛別羆事件を思い起こす人も少なくありません。

「テレビ番組や小説を見て如何に生産な事件であったかを知った」「私もこの事件アンビリバボーで知りました」「あれは本当に恐ろしい事件」といった声が多数寄せられています。

様々な媒体で語られていますが、下手なホラーよりよほど恐ろしい内容ですからね。

事件の概要は以下です。

本町においては、明治20年代の後半になると原野の開墾が始まりました。未開の原野への入植者がつづきましたが、掘立小屋に住み、粗末な衣服を身につけ空腹に耐えながら原始林に挑み、マサカリで伐採し、ひとくわひとくわ開墾したのでした。
大正4年12月9日・10日両日、町内三毛別(三渓)で冬ごもり前の一頭のヒグマが、空腹から凶暴性を発揮し、10人の婦女子を殺傷(7人が殺され、3人が重傷)した事件が発生しました。当時の様相を一部復元し、またヒグマと人間との関わりについても写真や図表を使って紹介しています。

引用: 北海道苫前町 苫前町郷土資料館

要約された概要だけを見ても恐ろしいですね。

インパクトのある事件として記憶している人が多いのも頷ける内容です。

自転車で行った強者も

そんな中、自転車で現地へ行ったという勇敢な人もいるようです。

大学生の時チャリで復元地まで行ったんですけどほんと周りに何もなくて不気味でしたけど木々が綺麗でした… 町中にある資料館も良かったですよ!

投稿者によると、不気味な部分もあったものの、自然が綺麗であったとのことです。

町中にある資料館も良かったと綴られていますね。

他にも「資料館は必ず寄って行きます」といった投稿も見られますね。

それは、忌まわしい、ヒグマを敵として憎むためだけの物語だろうか。現在もこの国にクマとともに住む我々は、この悲劇から受け継ぐべき教訓はないだろうか。

引用:ヒグマの会

上記サイトでも書かれていますが、当該の事件からクマの怖さを踏まえて何らかの教訓を学ぶ人が増えるのは素直に良いことな気もします。

ちなみにクマではこんな話題もありました。

source :: 北海道苫前町 苫前町郷土資料館  ,  ヒグマの会